宗教新聞 2013年3月20日(水曜日)掲載 「人」欄

日本人の霊性復活を唱える政治家

千葉県柏市議会議員 上橋泉さん

■今が最後のチャンス

 今春「21世紀に生きる日本人のための浄土思想を求めて」(如月出版)を上梓した柏市議の上橋泉さん。去年の夏、連日朝四時起床で執筆していると、次々にアイデアが浮かんできて、「私が書いているのではなく、誰かが私に書かせているのではないか」と思わされたという。
 前半は、ヴィクトール・フランクルのナチス強制収容所での体験を踏まえ、生きる意義を極める彼の思想に手掛かりを求めるが、「これでは大衆を教導できない」との結論に達し、絶対者(神または仏)、宗教による道へと思考を深めていく。
 そして、社会が混乱した平安時代末期から鎌倉時代にかけてが、日本人が最も宗教的になった時代であり、その中心が浄土思想であったことに気づく。ところが、江戸時代に絶対者の存在と魂の不滅を説かない儒教が社会の主流になり、日本人が次第に宗教性を喪失していく。近現代になっても、日本の仏教では西洋のような宗教復興(リバイバル)が起こらなかった。
 二〇一一年三月十一日の東日本大震災を「天のメッセージ」ととらえた上橋さんは、「今が日本再生の最後のチャンスかもしれない」と言う。
 浄土思想は唯一神による救いを説くキリスト教と相似していることから、上橋さんは浄土思想の解釈に「真実の存在は肉眼で見る世界ではなく霊の目で見る世界であり、人間は霊の目で見る世界では既に済度されている」という宇宙観・人間観を持ち込む。死後の世界での阿弥陀如来による救いではなく、今ここで既に救われているのだと。
 鈴木大拙は日本人の霊性は浄土宗と禅宗によって開発されたとし、神道学者・鎌田東二は、心と体と霊の関係について、「心はうそをつく。体はうそをつかない。霊はうそをつけない」と言う。同書にはそうした霊性が感じられるとともに、多くの文献を引用しながら、誠実に筆を進めているのが印象的だ。

■ジェンダーフリーに反対

 鳥取県の曹洞宗の家に生まれ、母方の祖父・高野平市が生長の家の初期の信者で、鳥取県で初めて伝道した人だったことから、生長の家の信仰で育ち、とりわけ熱心な母から「政治家になって日本を救え」と教えられたという。
 学園紛争で東大入試が中止になった昭和四十四年に京都大学法学部に入り、勝田吉太郎教授の教えを受け、生長の家が進めていた人工中絶反対運動に取り組んだ。卒業後、外務省に入り、ダートマス大学に留学中、モラル・マジョリティーの人工中絶反対(プロライフ)の活動に参加し、その仲間から聖書を学び、キリスト教の理解も深めた。
 その後、在イラン日本大使館に勤務していた昭和五十五年には、テヘランで米大使館人質事件に遭遇している。在ロサンゼルス日本総領事館勤務を終えてから、政治家への転身を目指し亀井久興参院議員(亀井亜紀子みどりの風幹事長の父で後の国土庁長官)の秘書となった。自宅は柏市で、秘書活動のために出雲市に住んだこともある。
 柏市議になったのは、柏市に住んでいた学生時代の友人に、市長選への出馬を熱心に勧められたのがきっかけ。平成二年の柏市長選挙に出て大敗したが、五千二百票を獲得した。翌三年に無所属で柏市議選に出馬して初当選、現在六期目のベテラン市議である。
 柏市議として取り組んだのは、「柏は住んでみると意外に閉鎖的で、新旧住民の交流が少なかったので、まず柏を風通しのいい街にすること」だった。
「二〇〇〇年前後にはジェンダーフリー旋風があったので、体を張って闘った。周辺の自治体には男女共同参画条例ができたが、柏市での制定は阻止した。当時柏市は、男女共同参画事業に国の予算が付くので、ジェンダーフリー派の学者文化人を招いて講演会を開き、男らしく、女らしく育てることの弊害を説いていた。私が議会で取り上げたのは、これらの講演に約八十万もの講師料を出していたことで、市長も高過ぎると答弁し、講演会などの開催は縮小傾向になった」
 千葉県では堂本暁子知事(二〇〇一〜〇九年)が平成十四年に千葉県男女共同参画条例を制定しようとした。その七条には、女性の性は女性固有の権利で、その行使は女性の自由である、という性の自己決定権条項があり、性行為や産む、産まないは全く女性の自由で、夫と相談する必要はないというものだった。上橋さんは仲間といっしょに自民党県議を動かし、県議会で同条例案を否決に追い込んだ。

■60代からが本当の人生

 著書のサブタイトルは「この宇宙に無意味なものは一切ない」で、上橋さんは「六十前から、人生に意味のないものはないと思うようになった」と言う。
 「四十代までは権勢欲もあり、社会で枢要な地位を占め、認められたいとの願望が強く、霊が磨かれても世に埋もれたら何にもならないという思いが半面あった。五十を過ぎてから、人間の価値は人には見えなくても神には見透かされている、六十からは、これからが私の本当の人生だと思えるようになった」
 同書のポイントの一つは、道徳の限界を指摘していることだ。会津教育の「ならぬものはならぬ」も儒教が中心だが、根底には保科正之は土津(はにつ)神社に神として祀られたように神道がある。正之は儒学者の山崎闇斎を招いて儒教に基づく教育を進めると同時に、吉田神道に朱子学的な解釈を施した吉川惟足の吉川神道を信奉していた。
 人間の在り方を説く道徳が戒律的なものになるのに対して、絶対者とのかかわりを説く宗教は人間を戒律から解放すると同時に、人間に意識せずして善に適う道を歩ませることになる。一方、現実の社会を動かすものは政治だ。「宗教と道徳と政治は本来密接にかかわり合うものだというのが、四十年間政治の世界で生きてきた私の結論で、それを人工的に切り離していることが、日本社会が行き詰っている原因ではないか」と上橋さんは指摘する。そこまで政治思想を語れる政治家はあまりいない。
 「アメリカでは、宗教を信じない人は不道徳だと思われるが、日本人は宗教を非常に嫌う傾向がある。日本人は宗教がなくても道徳によって精神生活は十分規律できると考えている。日本社会のこの流れは押しとどめようがないほどだが、私は人生を振り返って、間違いなく神はいるし、私たちの命はそこから来ていると思う。」
 その感覚こそが霊性の本質だろう。「宗教の本質は魂の躍動で、自分は神に愛されて生きているという感動が失われると、宗教は死んでしまう」という言葉は政治家とは思えない。これからの活躍が期待される。